そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

いつ解いたかも分からない答案用紙にたくさんの丸がついて返ってきたかのようだ

想像し得なかったくらい素晴らしく、けれども確実に過去と地続きの日々が現実になっている。盛岡で暮らすことも、恋人と暮らすことも、営業職になることも、営業車でマニュアル車を運転していることも、自家用でかわいい新車を買うことも、筋トレに熱中することも、資格勉強に没頭していることも、今の暮らしを構成するあらゆることが、数年前には考えられなかった。

いつ解いたかも分からない答案用紙にたくさんの丸がついて返ってきたかのようだ、とふと思った。そう思ったのは基本情報技術者試験を受けている最中だった。仙台に新車で帰省して冬物の服などを取りに行くついでに、午前試験を受けた。自信ないな、間違ってるかな、と思いながら四択のうちの一つを選ぶ。そうしているうちに、この行為は人生そのものかもしれない、と思い、さすがに安直すぎるとも思った。

20代前半のうちの数年を本調子でないままに過ごした。あの時に行った選択のほとんどは、今でも自信がないし、間違いだらけだと思っていた。人生に明るい展望が見えなくて、その怖さから逃げるように、未来のことはどうだっていいと思い込むようにしていた。仙台は好きな街だけれど、その時の記憶がいっぱい詰まった街でもある。

なんとか自分に合う職を見つけて働き、少しずつ自分の人生を取り戻し始めたのが2年半前のことで、それから貯金をして、転職して盛岡に引っ越したのが半年前のこと。人よりもだいぶ遅いスピードで、ちょっとずつ前に進んできて、今、やっと人生が楽しい。僕は僕なりに、僕という線ではうまくやっているんですよ。

あの時は間違いだと思っていたことが、どんどん丸になっていく。けれど丸にしたのは自分で、自分が人生に責任を持って、赤ペンで過去を正解に変える。自分の手で正解にする。繊細だったあの日の自分はもういない。

午前試験は無事に合格点をパスした。午後試験は別日に受けることにしていた。非IT系の営業職なので試験内容についてはわからないことだらけで、ここからはどこまでやれるかわからない。それでもやりたいと思ったから受ける。これからやってみたいことがたくさんある。仙台から盛岡に戻るために夜の高速道路を走りながら、僕の住む街は盛岡、盛岡へ急げ、と思った。想像し得なかった気持ちが自分の中にいて、でも躁状態ではないとわかっているのが嬉しかった。それと同時に、苦しかった日々とはずっと地続きでいようと思った。真っ直ぐな道をずんずんと盛岡に向かって進んだ。