高校のときにお付き合いしていた人が夢に出てきた。夢に出てくるのすら10年以上ぶりだった。目が覚めて夢だったことに気付いてからは、もう二度と会わない人なんだな、と思って少し寂しくなって、たぶん数日経てばこの寂しいという気持ちも忘れてしまうだろうけど、なんか残しておきたくなってこの文章を書いている。
すごく好きな人だった。人生で初めて自分が好きになった人とお付き合いすることができて、あまりにも嬉しかった。少しでも長く会いたくて、自分は帰宅部だったので、その人の部活が終わるまで3時間くらい学校に残って勉強してから、一緒に帰っていた。そんな日々が何ヶ月か続いた。当時の自分は、好きという感情を相手への思いやりやケアに変換することができなくて、会いたいという気持ちだけで行動していた。相手の都合に構わず、会える時間を少しでも見つけて会う、ということを繰り返していて、相手を疲弊させてしまった。
別れてからも、放課後に学校に残る習慣はそのままになっていて、そのままひたすら勉強に打ち込んだおかげで大学に合格できた。だから結果としては大学に合格できたのはその人のおかげで、付き合っていなければまた別の人生になっていた可能性が高い。
そんな人が夢に出てきた。夢なのだから自分の勝手であるのに、なぜか再会したような嬉しい気持ちになったのは、懐かしいからなのか、好きだったからなのか、恩人だと思っているからなのかはわからない。31歳になってみると、もう人生では交わることはないけれど大切にしたい人がたくさんいるなと思う。もう夢でしか出会えない人。
このブログは大学で付き合っていた人と別れたその日に始めた。その人のことも本当に好きで、好きな感情が良くない方向に突き進んでいるのに気付いていなくて、別れたときに目の前が真っ暗になるような感覚になって、その真っ暗さをどうにかしたくて、自分の中の全部を吐き出すつもりでブログを始めた。このブログがきっかけで今の妻と出会った。あのタイミングで別れていなければ今の妻と出会うこともなかった。盛岡に来ることもなかったと思う。
その人とのお付き合いで学んだことがそのあとの人生にも恋愛にも本当に生きている。この人たちがいなければ今の暮らしは無い。付き合っていた人たちはみな自分にとって恩人なのだけれど、恩人というのは自分勝手な話で、相手の方は迷惑とか被害とかをかけられっぱなしで良くない思い出なのに、自分だけ良い感じになってるのはどうなのかとも思う。だから夢でたまたま出会うくらいがちょうど良い。
話は変わるが、ロックバンド・Oasisの再結成ツアーのドキュメンタリー映画『オアシス:ドント・ルック・バック・イン・アンガー』を観た。バンドの主要メンバーであるギャラガー兄弟の大喧嘩により、2009年に解散し、15年ぶりに再結成したOasisの再結成に密着した映画だ。
冒頭で兄のノエルの「許す心なんか持っていない」という言葉が流れる。活動時からたびたび喧嘩し、ライブに弟のリアムが欠席することも多かったことから、振り回されたノエルおよびバンド側はたまったものではない。しかしノエルも喧嘩の原因をたびたび作ってしまう。解散の理由となったのは、フランスでのライブのバックステージでの大喧嘩。リアムが二日酔いでその前のライブを欠席していたこともあり、鬱憤の溜まっていたであろうノエルがメディア向けの電話取材でリアムの聞いている前で勝手なことを喋ったため、リアムが怒ってノエルのギターを破壊、そのまま解散し、2人は10年以上会話すらもしないまま別々の道を歩んだ。その間には解散理由をめぐってリアムがノエルを訴えたり、ノエルもリアムもソロ活動が絶好調になったりと、もはや再結成はあり得ないものと思われた。
再結成が発表されてからも、本当にステージに立つのか、兄弟仲は修復されているのかなど、半信半疑な気持ちを抱えていたファンは少なくない。実際、映画の中でも再結成ツアー前のリハーサルの異様な緊張感が描かれている。しかし、ツアーは大成功した。ノエルとリアムは肩を抱き、ハグをして、お互いを讃え合った。ノエルはインタビューで、「リアムとまたバンド活動ができてよかった。あいつがどれだけ面白いやつだったか忘れていたよ」と語った。リアムもまた、ノエルの作る音楽への愛を語った。全編通して涙無しでは観られない映像だった。けれど単なるノスタルジーではなく、ノエルもリアムも、お互いのソロ活動が充実していたからこそ、よりパワーアップしたOasisとして帰ってくることができた。
今年のサッカーワールドカップで、イングランド代表が勝ち上がるたびに、試合後のスタジアムでサポーターと選手がOasisの『Wonderwall』を大合唱するという風景があった。その曲には「あなただけが私を救える」という意味の歌詞が出てくる。ここで言う「あなた」は、自分自身のことであるという解釈をされることも多い。過去の自分、あるいは未来の自分が、今の自分を救う。
31歳になると、「過去」というものがどんどん分厚くなってくる。あの時こうしていれば、あの時こうしていなければ、と思うことも増える。傷付けた人の数もどんどん増えていく。そんな忌々しい過去と向き合うためには、とにかく今を真剣に生きるしかないのだと思う。どんな過去も未来も今のためにある。Oasisで言うところのDon't Look Back in Angerであり、Wonderwallであり、Live Foreverなのである。
今、好きな人と暮らしている。その人の眠る隣でこの文章を書いている。この今がどうしようもなく幸せで、この生活を続けるために真剣に生き続けなくてはと本気で思っている。家事をする、仕事をする、会話をする、どの瞬間も全部あり得ないくらいに貴重で大切で真剣だ。