そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

アイドルとハイタッチをする男

俺はアイドルとハイタッチをする男だ。

なぜハイタッチをするのか。CDを購入した特典で、「ハイタッチ会」に参加できるからである。

アイドルのCDには何かしら特典が付いてくる。最も有名かつポピュラーなのはAKBグループによる「握手会参加券」である。その他によくあるものとして、「写真撮影会参加券*1」がある。これは、お気に入りのメンバー(もしくは全員)と記念撮影ができるというものだ。こちらは「握手会参加券」よりも高価な価格設定をされていることが多い。さらに高額(複数枚購入)になると、さらに凄い特典が付いてくる場合もあるのだが、ここでは割愛。

そして。俺はアイドルとハイタッチをする。「ハイタッチ会参加券」を手に入れたからに他ならない。

 

俺がハイタッチするアイドルは「夢みるアドレセンス」(以下夢アド)というグループだ。

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メジャーでは5枚のシングルを発売し、シングルのオリコン最高位は4位。Zepp DiverCity Tokyo(収容人数2,473)が埋まるくらいの集客力を持っている。

メンバー5人のうち4人がティーン向けファッション雑誌「ピチレモン」の専属モデルを経験していることがグループの一番の売りである。ピチレモンのモデル、いわゆるピチモ*2

モデル経験者がここまで揃うアイドルグループは他に無い。とにかく可愛い。可愛い。可愛い以外の言葉が出て来ない。夢アドのキャッチフレーズは「カワイイだけじゃダメなんですか!?」だ。ダメじゃない。良い。最高。最高だから。可愛いは正義。可愛いは暴力。可愛いはテロ。

 

KEYTALKの首藤義勝が作詞作曲した「ファンタスティックパレード」は、ライブでは異常に盛り上がる。サムネの女の子は志田友美ちゃんと言います。最高じゃないですか?

実を言うと、俺はアイドルの「現場*3」に初めて行く。ずっとアイドルは好きだったけれど、ライブにはファンがうじゃうじゃいて行きにくいし、お金を払って握手をすることにも抵抗があった。典型的な「在宅*4」であったのだ。

 

しかし、俺は変わった。俺はアイドルとハイタッチをする男だ。今日からそうだ。

 

イベント前日から気分は高揚していた。俺はアイドルとハイタッチをする男なのだ。

家族には告げずにアイドルとハイタッチをする。少し恥ずかしかった。報告するとして、どのようにすればいいかわからなかった。

「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。俺は明日、アイドルとハイタッチをするよ」

こんな風にスマートに告げられれば良かった。家族よ、事後報告になってしまうことを許してほしい。俺はアイドルとハイタッチをする男になったのだ。

 

当日は朝からバイトだった。

接客中もお客さんひとりひとりに

「ありがとうございます!俺はアイドルとハイタッチをする男です!」

と言いたくて仕方なかったが、グッと堪えた。

さすがに我慢しきれず、同僚には正直に話した。

「俺、このあとアイドルとハイタッチをする男になるんだ」

「お、おう…」

突然の告白に、言葉が詰まる同僚。しかし、きっと心では俺を祝福してくれたに違いない。

 

バイトを終えて会場に向かった。

会場にはアイドルとハイタッチをする男が溢れていて、自分を見失いそうになった。

夢アド自体を生で見るのも初めてだったので、俺はひどく緊張した。

 

ちなみに、ハイタッチ会でのハイタッチは片手だ。

右手にしようか、左手にしようか迷う。その決定がのちのち俺の中で重大な格差を生んでしまう。仮に右手でアイドルとハイタッチをした場合、俺の右手はアイドルとハイタッチをした手だが、俺の左手はアイドルとハイタッチをしていない手になってしまう。生まれてから21年、平等に愛してきた両手に格差が生まれるのは惨い仕打ちと言っていいだろう。

どちらかは選ばれ、どちらかは選ばれない。アイドルとハイタッチができない手になってしまう。屈辱だ。この後の人生でもし、どちらか一方の手を切り落とさなければならないという事態に直面した場合、切り落とされるのは明らかにアイドルとハイタッチをしていない手のほうだ。

 

俺は左手を選んだ。そして利き手は右だ。いつかその時が来たら、俺は利き手を切り落とす覚悟だ。そういう覚悟でここに来ている。そういう覚悟でアイドルとハイタッチをする。

 

ハイタッチ会の前にはフリーライブが予定されていた。「ハイタッチ会参加券」を持っている人間は優先的に前の方で観覧できる。俺はアイドルとハイタッチをする男なので、優先的に前の方に入る権利がある。このことが本当に嬉しい。

 

いよいよ開演。夢アドのメンバーが出てきて、俺は驚いた。想像の遥か上を行く可愛さだったからだ。

しかも、ハロウィン間近のイベントであったため、メンバーがコスプレをしていた!

ティンカーベルの恰好をした荻野可鈴はこの世のものとは思えないくらい小さくて細かったし、巫女の京佳は殺傷力が高すぎた。カウガールの山田朱莉はこの世で一番尊い存在のように思え、囚人服の志田友美は女神そのものだった。

写真よりも動画よりも、実物が本当に素晴らしかった。これはぜひ、現場に足を運んでもらいたい。きっと言葉では伝わらない。

そして何より、この世のものとは思えないほどに可愛いアイドルと、これからハイタッチをするという事実に凄まじく興奮した。触れられるのだ。合法的に。500円で。俺はアイドルとハイタッチをする男になれて本当に良かった。

 

しかし、同時に俺の心は大きく揺さぶられた。俺はアイドルとハイタッチをする男であり、その地位に満足していたが、上には上があるというのだ。自分が出した金額の5倍、つまり3000円を出せば、アイドルと2ショットで写真撮影ができるのだ。

俺はアイドルとハイタッチをする男だが、所詮アイドルとハイタッチをする男でしかないのだ。周りを見渡すと、アイドルと写真撮影をする男がひしめいていて、さらに言うと、アイドルと何度も写真撮影をしてきた男、アイドル側から認知*5されている男までいるのだ!

俺はアイドルとハイタッチをする男であり、現状ではそれ以上でもそれ以下でもない。

この弱い立場を脱却するために、そして最高の一枚を未来永劫残すために、さらには寂しい思いをするであろう右手のためにも、3000円を今すぐに払い、アイドルとハイタッチをする男から、アイドルと写真撮影をする男へと進化を遂げねばならない。

 

だが…本当に上を目指すべきなのだろうか。現実を見ようではないか。アイドルと写真撮影をする男の上にも、アイドルと飲み会をする男、アイドルとディズニーランドに行く男、アイドルの家に行く男…と、どんどん上位層の男が顔を覗かせるような、あまりに高い高い山の麓に来てしまったのだ。

俺がこれからどんなに足掻いて登れども、永遠に山頂が見えないままの厳しい道のりが予測されよう。最初は財力だけで登れても、のちのち容姿や性格、運なども問われてくる山である。みな命懸けで登ろうとして、人生を棒に振るような山である。財力すらない自分は、下手に登ろうとするよりも、麓で山の美しさを楽しむくらいの慎ましさが調度良いのではなかろうか。

となると、ハイタッチをすることすらもおこがましいような気がしてくる。装備も覚悟もせず、少し登りかけている状態が一番恥ずべきものではないだろうか。

 

いや。俺はアイドルとハイタッチをする男だ。そう決めたのだ。男に二言はあるまい。俺は一度のハイタッチに全てを込める。

 

 

ハイタッチは2秒で終わった。メンバー4人だったので、1人当たり0.5秒もなかった。

 

また行こう。

 

 

*1:チェキ会の場合もあり

*2:ピチモって何?誰がいたの?という人のために今から経験者の名前を羅列していく。長澤まさみ夏帆栗山千明福原遥佐藤栞里大沢あかね。最後の格落ち感。

*3:アイドルのコンサート会場や握手会など、実際にアイドルを見て楽しむことが出来る場所

*4:「現場」の対義語

*5:アイドルに顔や名前を覚えてもらうこと