代わりに壊れてくれたのかも
水曜日の夜。同居人の体調があまり良くない。先週くらいから少しずつ体調を崩していて、やや治りかけたところで無理をしたのが影響しているようだ。
同居人はひどく落ち込んでいる。身体がつらいと心もつらい。思うように動けないストレスと、せっかく回復の兆しが見えたのにまた悪化したことで、この1年でも3番目くらいに入る具合の悪さのように見えた。
一緒に暮らすようになって1年が過ぎ、どのくらいの不調なのかが、表情や言動でわかるようになってきた。調子が良いときも悪いときもある。相手が苦しんでいるときに、できるだけ相手のために何ができるかを考えて、飲んでも飲まなくてもいいお茶を差し出すようなことを繰り返すのが同居だと思う。同居人は不調がわりと身体に出やすいタイプだけれど、その原因に気付いていないことがある。そういうときは最近あったことをたくさん話してもらうことにしている。話しているうちに原因にたどり着くことがある。原因がわかると少しだけ安心する。安心すると治りがはやくなる。
同居人の話をリビングでうんうんと聞いていると、とつぜん、ががががが、とドリルで部屋の壁に穴を開けているかのような振動音が響いた。
「え、なに?」
「わからん」
音のするほうへ近付いていくと、お風呂場だった。お風呂場に防水の電動髭剃り機を置いていて、それが勝手に作動してしまったらしい。
「なんでしたか」
「髭剃りが動いてたっぽい」
この1年、そんなことはなかったけれど、電源ボタンを押せば動く仕組みなので、なにかの拍子にボタンが押されてしまうことはあるかもしれない。電源を切り、リビングに戻った。
しばらくして、また、ががががが、と音が鳴った。
1回目は怖かったけれど、2回目はちょっとおもしろくなってきた。髭剃り機が自分の意志でだれかの髭を剃ろうとしている。原因がわかると少しだけ安心する。音のするお風呂場に向かっていくと、今度は電源ボタンを押していないのに急に止まった。
髭剃り機をお風呂場から外に出して、充電しておくことにした。充電しているあいだは作動しない仕組みだからもう大丈夫なはずだ。
「こんなことってあるんだねえ」
それからまた同居人の話を聞いた。ご飯を食べて、急に眠気がきたと同居人はおどろきの速さで布団に入った。最近眠れていなかったから、この眠気を逃すな!と言わんばかりの速さだった。
次の日、朝起きると同居人はすっかり元気になっていた。良かったと胸を撫で下ろし、髭を剃るために電動髭剃り機の電源を入れようとする。が、動かない。びくともしない。
「髭剃り壊れちゃった」
「えー!昨日の、断末魔の叫びだったってこと?」
「そうかも。急に動いておかしいと思ったんだよ」
電動髭剃り機は2017年製と書いてあった。6年くらい使ったので、寿命ではある。6年か。われわれの交際期間とほぼ一緒じゃん、と言うと、
「代わりに壊れてくれたのかも」
「え?」
「わたし昨日具合悪そうにしてたから、代わりに」
「そんなことってある?」
一緒に暮らしているといろんなことが起こる。相手が苦しんでいるときに、できるだけ相手のために何ができるかを考えて、回復をする姿まで見届けられるのが同居だと思う。
この部屋にはたくさんの電子機器や家具があって、なにかが壊れるたびに、代わりに壊れてくれたのかも、とこれからも思うのだろう。そう思えたら、お皿を割っても、パソコンが動かなくなっても、なんとなく大丈夫な気がする。今のところはふたりでたのしく暮らしている。