引きちぎる闇
そうなのかなあ。睡眠不足の精神でぼんやりと考える。僕はすっかり疲れ切っている。
疲れ切っていると物をたくさん買ってしまう。家に何冊も未読の小説があるのに、また5冊買ってしまった。そのうち1冊を読む。自分のことは自分でよくわかっているつもりだけれど、「わかった」その時はいつも過去であって、つまり現在進行形の自分が何をしているかわかっていない時がわりとある。
不便だな。自分が自分に追いつけないなんて。今日はたぶん夕暮れが綺麗だろうから、その時間を狙って電車に乗った。猛スピードで僕に追いつくために。
みんな遠くに行ってしまう。そういう時期である。特殊能力のことを考える今日この頃。人の考えてることがわかるだとか、いい写真が撮れるだとか、乗り換えがうまくいくだとか。君の特殊能力はなんですか。
僕はわりと特殊能力には恵まれている、と自分で信じている。会いたい人には会えるし、好きな人には好かれるし、すぐに方角がわかるし、誰もやらないことをやれるし、最高の選曲ができる。これらの特殊能力が僕を満ち足りた気分にさせてくれるから、それでもういいかなと思ってしまう。足りない部分は怒りを覚えるほどあるのに、最高の瞬間によってあっけないほどに怒りを忘れてしまう。
電車から降りても夕暮れなんて見えなかった。吹き付ける冷たい風は顔も名前も知らない誰かの夕飯の献立を知っている。もっと知らないことを知りたいな。特別な力なんていらないから、これから襲い来る別れの嵐の中で、誰かを助ける方法を知りたい。
夜、弟がアルバイトをしているコンビニに行った。6歳下の弟が働いている。もうこんなに大きくなったのか、いや、まだコスプレみたいだな、って思った。大好きな大好きな、世界にひとりだけしかいない弟。
帰り道。月がすごく大きかった。僕はこれが見たかったんだなと思った。夕暮れではなくて。不思議な力に守られている。僕はいつになったら生身で戦うんだろう。