そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

生きるのがうまくない

 

寝るのがあんまりうまくない。これでも少しはなんとかなってきた方で、去年の秋から半年間くらい、このブログを始めたあたりからの頃は毎日朝の6時とか7時とかまで起きていて、それから寝て14時くらいに起きて、みたいな生活を送っていた。そういう態度で許されてしまう生活環境にあることがまず間違いなのだけれど。

生きるのがあんまりうまくないんだと思う。寝るのだけじゃなくて。そういう気分になってしまうことはよくある。だいたい夜。大学をまっすぐ抜けられなかったこと、友達や恋人をこれでもかと傷付けてしまったこと、何回も逃げ出してしまったこと、いろんなことを思い出して、だけど真因分析などせず、ああ、生きるの向いてないんだって、楽なほう、戦わなくていい方に逃げる。ということの繰り返し。

最近はよく眠れるようになった。暗いことを考えないようになった。一時的に良い波が来ているのか、大人になったのか、ただ単に寝てるからなのか、よくわかっていないけれど。僕はもう僕と真面目に向き合っていないような気がしてしまう。自分に対して真摯でないから悩むこともない。将来のことを何も考えず、目の前の生活をふらふらと過ごしているだけのような。

5月のこと。所属していた団体の最後のイベントが終わってから、ものすごく苦しくなって、ベッドから出られなくなって、言葉ももう何も扱えなくなって、口からはずっと血が出て、なんかよくわからないけど涙も出て、何もしたくなくて、何も出来なくて、はっきりと病気になったな、と思った。頭ではこのままじゃよくないってわかってたのに全然動けなかった。留年してるのに大学にも行けてなくて、もうどうしようもなくなってた。その時に母親と色んな話をした。

シンコペーション/薙倒す - そこが海ではないとして

ちょうどこのあたり。家からも3週間くらい出なかったような記憶がある。バイトも続けられなくなってしまった。この期間までに失ったものが本当にたくさんあって思い出すのが辛い。思い出すのが辛いから書いてもいなかった。

なんとか立ち直って、というより、家族にめちゃくちゃ頼って立ち直らせてもらって、6月から少しずつ社会復帰できるようになった。6月からの僕はその前とは別人になっている。だから、6月以前のことで忘れてることが結構あって驚く。

5月には原付運転してたら後ろからクラクションの音が聞こえて、びっくりして後ろ振り返ったら前の車と衝突する、みたいなこともあった。色々と限界だったんだな、と今は思うけれど、自業自得の連鎖反応で限界が来ていることが本当に悔しかったし恥ずかしかったしどうしようもなかった。

失ったものばかりだ、と思う。でも、その期間に何度も何度も「病院に行け」と言ってくれた友達がいて、結局病院には行かなかったけれど、その人には本当に感謝しているし、一生大切にしたいなと思っている。これだけ失ってなお残るものがあって不思議な気持ち。

去年の秋から今年の夏に入るまでずっとずっと苦しくて、6月にそのピークがあって、そこを抜けられてから、なんとか楽しくやってます。もう大丈夫だと自分では思っているし、たぶんきっと大丈夫だと思う。眠れない夜がやってきても平気だと思う。でも、生きるのはまだうまくならない。

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1番苦しかった時期に先輩たちに誘われて食べた焼き魚とケーキ、未だに味が忘れられないくらい美味しくて泣きそうだった。覚えてますか?

 

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