そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

みえない

 

穏やかに過ごしているということは、戦いを避けているということなのだろうか。

 

人生は戦いの連続だと思う。そして、戦いというものには相手がいる。7年前からはじまった戦いの相手は、僕たちをずっと苦しめていて、今もずっと戦っている。どう立ち向かったらいいかわからないくらい強い相手。正面でぶつかった日もあった。飲み込まれる日もあった。負けて、負けて、それでも戦わなくちゃいけない。永遠に相手がいる。そういう人生になった。

相手の名前は同じだけれど、相手の強さも、攻撃の方法も、受けるダメージも、みんな違う。人によっては、もうすっかり相手のことなど忘れてしまっている人もいる。そういう人には、別の相手がいる。みんなが人生の対戦相手を抱えていて、どのくらい強いか、どのくらい戦えているか、他人から正確にはわからないのだ。

今日という日に関わる直接的な表現を綴るのはとても難しい。今もそれぞれの戦いは終わっていない。忘れたくてもそれが生活なのだと思う。記号ではなく。誰かにとっては一生、単なる記号にも日付にも数字にもならないよ、ということだけ書いておく。

断層の上で暮らしている。今日も大型のトラックが東へ向かう。誰かにとっての帰りたくても帰れない故郷は、ここから100kmもない場所にある。僕はここで暮らす。暮らしている。暮らすことができる。見えない線も、見えなくなった街も、会えなくなった人も、目の前にいる。

2018年の今日も普通の日のまま終わってくれてありがとう。勝ち方はまだわからないけれど、どうにかするつもりでいる。少しずつ言えるようになったこともあるから。

 

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