そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

父と暗黒王

 

人生はオートセーブだからリセットしてもすぐおんなじ場所に戻ってきてしまう。セーブをしないでおいて洞窟に入りたいとき、みんなはどうしてるんだろう。フラッシュもあなぬけのヒモもないときに。戻りたい場所には戻れないし、行きたい場所には行けない。

 

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僕の10歳の誕生日。父はその日、僕におめでとうを言わなかった。誕生日であることを忘れていたようだった。忙しかったのだろう。僕はとても腹を立てた。母にいくらか不満を言った。おめでとうと言わなかった、それだけなのに。

 

次の日、父は僕に謝り倒し、僕や友人の間で流行していたデュエルマスターズのレアカードを買ってきてくれた。「暗黒王デス・フェニックス」だった。「一番キラキラしてたから、これがいいかと思って」と父は言った。

おそらく、とても高価だった。当時の「暗黒王デス・フェニックス」は相当なレアカードで、みんな挙って欲しがっていたカードだった。カードショップでは数千円くらいで取引されていた。

でも僕は全然喜ばなかった。それどころか、「こんなのいらない!」と言ってまた喚き散らした。

 

いらなかったのには理由がある。デュエルマスターズには「属性」という要素があって、同じ属性でカードを揃えてデッキを組むことが大前提なのだけれど、僕は光属性でデッキを組んでいたので、火・闇属性の「暗黒王デス・フェニックス」は全くもって相性が悪かった。デッキのことを考えると、使い勝手の悪いカードだった。

そんなことを知る由もない父はとても悲しんだと思う。いや、せっかく買ってきたカードをいらないと言われて、怒ったかもしれない。父は何も言わなかった。少しだけ寂しそうな顔をしていた。

 

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十数年経ってもあの誕生日のことを思い出す。本当はうれしかった。暗黒王でもうれしかった。自分を喜ばせようと父が必死になって買ってきてくれたレアカード。すごく眩しく光を放っていたあのカード。もうどこにいったかわからなくなった。今も僕の部屋のどこかに、暗黒王が眠っている。

 

人生はオートセーブだから、戻りたい場所には戻れないし、行きたい場所には行けない。でも、思い出すことはできる。忘れないことができる。

働き始めてから、父の大変さが身に染みてわかるようになった。父が買ってきてくれたカードの価値も、おめでとうと言えなかった悔しさも、今ならわかる。

僕はあの日のお礼を言えていない。これからも言うことはないかもしれない。でも、父の凄さをいくつも知っている。僕は父のようになりたくてずっと生きている。僕は父のことを世界で一番尊敬している。