そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

壊れたリモコン 卒業旅行④

リュックとクスクス 卒業旅行③ - そこが海ではないとして

最初に書いたように、この卒業旅行は自分を変える区切りの旅である。絶対うまくいく。今後の人生は大丈夫。僕は化ける。

で、化ける途中の狸、着替える途中の着ぐるみみたいなタイミングで人と会ってしまって大事故になった。これは比喩表現だから、もっとちゃんと正しいことを言わないといけない。

 

高校の同級生と会って、オフィスを見学をさせてもらった。人事の方にも会った。そしてぐてんぐてんに打ちのめされて、というか自分から倒れていった感じで、自分でも喋っていることすべてが上滑りしているのを感じてがっかりした。全部裏目!全然うまくいかない!

元から他者にどう思われているかをひどく気にする癖と、相手に過剰に合わせすぎる癖がある。というか、相手に退屈や失望を感じさせたくない!という見栄っ張りなところがある。これはおもてなしの精神ではなく自己満足に直結する。で、結局自分も満足させられない。あと、今はどうしても留年のことを気にして話すことぜんぶ後ろ向きになってしまう。気付いた時には遅くて、もうだめだ〜〜と降参の旗を上げたい気分だった。降参です。出直してきます。大事なのは着ぐるみじゃなくて中身でもなくて総合力。とにかくすごい悔しい思いをした。

 

さて、全然うまくいかない先をどうするかが人生っていうわけですが。がんばっていこうね。そういう旅だもんね。今のタイミングだと前向きにしゃべることは嘘になっちゃうよなあと思っていたのだけれど、嘘にしないこともできる。すごい辛い思いして大学やっと出れたんです、あの日々を思うと今は希望しかないです!って言いたい。言うぞ。言っていくぞ。

 

悔しい気持ちを堪えてアートギャラリーに入る。自分から入っておいてこういうことを言うのはおかしいけど、アートギャラリー、なにがいいんだか全然わからない。いつもわからないけれど、今日はますますわからない。まったく心が休まらない。

本当は8つくらいギャラリーを回る予定だった。全然わかんないのに。普段はわからないなりに楽しいけれど、今はわからないことがつらい。

 

自分だけかもしれないが、特化、という考え方がある。意識という言葉に近いかもしれない。準備でもいい。どういうことかというと、エモい文章を書くときはエモい文章用に特化した思考を、大喜利をするときは大喜利に特化した思考を、短歌をつくるときは短歌に特化した思考をそれぞれするように、何かするときに適切なインプットのコントロールをする考え方のことだ。僕は特化をすごくやっている。裏を返せば、その場で柔軟に対応ができない。

テレビのチャンネルを切り替えるように、いろんな番組を持っていて、その番組に合わせて生活している。でも、無いチャンネルもある。お笑いが見たいのに報道を見ちゃう、みたいなチャンネルの間違いもある。そして、切り替えがすぐに効かない。リモコンを持っていない。としくは、壊れているか。

チャンネルは多いほうがいい。スカパーやWOWOWはすばらしい。フジテレビとディスカバリーチャンネルしか映らないテレビみたいだ、今の僕は。あーあ。ずっと悔しいこと考えてる。アートギャラリーから動けないまま、目の前にある工芸品のこと、全然わからない。

 

 

 

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