そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

12月4日

仕事で終電を逃したのでネットカフェへ。深夜に巻いたソフトクリームはどうしていつも最後まで食べ切れないのだろう。ただ寝るだけでは勿体ないように感じ、『凪のお暇』『ルポルタージュ』を一気に読み、極めて通俗に気持ちが揺れてしまう。6時間パックでは短くて、9時間パックは長い、みたいなことを思いながら眠った。

目が覚めると9時半だった。平日の朝からこんなところで何を、という感情によって自分の中の何かがまた揺さぶられる。美しい漫才師たちが美しくないインスタライブの泥酔と罵詈雑言によって今まさに仕事を失おうとしていた。俺は漫才によってカタルシスを得ているのに、漫才師は漫才に向き合うことで鬱積を溜めている。そう思うと俺のこのカタルシスはただの感情の移動でしかなく、鬱積保存の法則に基づいて皆が感動すればするほど怒りを瓶に満たしてしまう人がいる。作品にならなかった怒りや悲しみについて、邪気を有して思うことの感情廃棄物処理施設がどんな街にもあって、そのどれもが満杯になっている。

驚いたことに今日の11時から14時までの記憶が全くない。俺はどこで何をしたのだろう。2日間の残業時間を足し合わせたら13時間になったので、思っていたよりダメージを受けていたのかもしれない。もはや生活ではないのだ。心のアルミ缶がベコベコになって液体が溢れて出ている。俺は俺をどうやって救ってやろうか、みたいなことを考える。ここが人生の岐路だ。

 

 

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