そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

気がつけば緑色のものばかり身に付けてしまう

 

俺はいま、気がつけば緑色のものばかり身に付けてしまう病に悩まされている。

 

シャツ、コート、セーター、リュック、靴、靴下、眼鏡、財布、ボールペン、油断すると身の回りのあらゆるものが緑色だ。この前は真緑のコートに緑色の靴を履いて、緑の財布を取り出して緑色のニットを買おうとしていた。これは重篤患者だ。末期症状だ。

私、助かりますかね。「うーん」白衣を着た老齢の医者が皺だらけの顔を少しだけ動かしながら唸る。しかしその口元の白髭も少しずつ緑に変わっているではないか!たちまち顔全体が緑色になり、ピッコロのような姿になった医者が低い声で言う。「こちら側の世界へようこそ」お前、緑色の悪魔だったのか!俺は緑色の悪魔に取り憑かれた!逃げ出そうとした先には緑衣(りょくい)を着た看護師が立ち塞がる。診療室の壁に生えた細長い植物がどんどん生長して俺の手足に巻き付いた。ここは俺を緑死(りょくし)に追い込む樹海だ。出口は、無い。

 

俺はいつから緑色の悪魔に目を付けられていたのだろう。幼少の頃は青を愛する健全な子供だった。少年になってからは赤の魅力を知った。某赤いハンバーガーチェーンでアルバイトもした。然りとて、緑色のものなど全く身に付けてはいなかったはずだ。

そうだ、大学生に入ってからのことだ。俺は「レベルアップ」と称して、赤いハンバーガーチェーンを去り、緑色のハンバーガーチェーンでバイトすることを決めた。これが悪夢の始まりだ。「菜摘」と称して、肉をレタスとレタスで挟む鬼畜の所業を繰り返しているうちに、俺の身体は、精神は、所持物は、どんどん緑色に染められていったではないか。緑色の悪魔にロックオンされる日々が始まった。

 

コートが欲しいと服屋に向かえば、悪魔の手下が俺に囁いた。「こちらの緑のコートのほうが、大人な印象に見えますので次のシーズンも着られますよ〜」

靴が欲しいと靴屋に向かえば、やはり悪魔の手下が俺に囁いた。「この緑色、珍しい色ですごく綺麗なんですけど、意外とどんな服装にも合うんですよ〜」

そうしているうちに、財布が欲しいと雑貨屋に向かえば、悪魔の手下に囁かれるまでもなく俺は緑色の財布を買った。リュックが欲しければ緑色のリュックを買った。ユニクロでは緑色のセーターやシャツを買った。もはや俺自身が緑色の悪魔そのものになっていたようだ。

 

俺にはいつからか、街全体を緑色に染めたいという欲求が生まれていた。空から雨を降らすように、緑色の塗料を降らせたいと思うようになっていた。

緑色の夕日に包まれた街で、緑色の桜が舞うのを見ながら、緑色の恋をしないか。もう緑以外愛さない。そう言って緑色の唇を合わせよう。

意味もなくグリーン車に乗ろう。東急ハンズで買い物をしよう。家具はニトリで揃えよう。お腹が空いたらモスバーガーを食べよう。東京ヴェルディを応援しよう。

 

そんな緑色の生活を送りませんか。嘘です。俺は嫌です。