そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

果敢なく消える大抵のこと

 

三越の地下にいる。

 

かつて逃げ出してしまった時に精神疾患の本を開いたら、「気を紛らすためには、スーパーの食品売場など、人が多くて騒がしいところに行くといい」と書いてあって、携帯の電源を切って飛び込んだのが三越の地下だった。それから何度か、導かれたように、気付いたらここに辿り着いていることがある。今日もそう。

別に自分が病気持ちだとは思っていないよ。誰しもが辛いと感じる時があって、そういう時にどうするべきか、という話。暗い部屋に閉じ籠るのも嫌だなと思って、本に書いてあることを信じているだけ。三越の地下を信じているだけ。

 

ビーリーフ、さといも、ちらし寿司、アカシヤ蜜、むき甘栗、サラダ菜、桜あんぱん、五穀のビスケット。欲しいものはなにもなく。

さっき列挙した奴らはまだいい。きっと貰い手がいるだろう。カルダモンパウダー、君はいつからここにいるんだ?

 

成宮寛貴さん引退のニュースが、様々な言葉を添えて拡散されている。「週刊誌が人を潰した」「メディアは悪だ」「いや自業自得だ」

 

もう嫌悪感と、加えてものすごく悔しかった。

 

メディアは媒介でしかない。作る側がいたら、受け取る側が存在する。拡げる側もいる。新たな情報を上乗せする人もいる。

僕らは、嘘か本当かわからないことに、さらに嘘か本当かわからないことを重ねて、重ねて、面白がって、本当のことのように広げて薄く延ばして焼き増した。

 

「こんなことをするメディアが嫌いだ」と呟く君も確実に、誰かへの悪意を伝達している。「こんなこと」をしている。確かに1人が持つ力は週刊誌や新聞には勝てないかもしれない。でも、この時代、拡散に拡散を重ねれば、それはとんでもない力を持つ。当然のこと。

それなのにまだ、自分に悪意が向けられていないことをいいことに他人事のように振る舞ってしまう現状が物凄く嫌で仕方ない。僕も別の日には誰かを悪意で潰していて、そのことを忘れたかのように過ごしているから我慢ならない。どうしようもない。

 

「逃げないで戦い続ける選択肢はなかったのか」と呟く人もいる。その気持ちはわかる。でも、一体誰と戦えばいいのだろう。週刊誌だけだろうか。自分に一度は疑いの目を向けた何千万人もの人々、貼られたレッテル、インターネットのログ、失った友人、一生かけても勝てなそうな数の相手を目の前にして、戦うことが本当に正しいのだろうか。さすがに大袈裟だと思った?ではどこで戦えばいいのだ?法廷で勝訴を勝ち取ったとして、拭えない疑惑と取り戻せない時間は誰がリセットしてくれるんだ。ともすれば一瞬で自分に無数の悪意が向けられてしまう世界で、どこで何回勝てば納得できる?

 

自業自得の範疇、というものは無く、悪いことをしたら永遠に悪意を向けられ続け、耐えねばならない。悪行が事実かどうかはもう関係ない。疑いが起こった時点で十分なのだから。いくらでも油を注いで構わないというルール。

 

自分へ向けられた悪意には敏感なのに、他人への悪意にはどうして無視を決め込むどころかさらに加担してしまうのだろう。メディアのせいにする君も、自業自得だと言う君も、週刊誌へ向けて罵詈雑言を並べる君も、みんな誰かを殺している。そういうものだ、と割り切ってしまえる日と、完全に屈してしまう日がある。今日は後者だった。

 

 

匿名掲示板は、もう感服するくらいに、三越の地下の陳列棚のように、あらゆる角度、あらゆる温度からの悪意が並べられていた。言葉にもならなかった。

人の素晴らしいところを、裏返しては貶して、また裏返して、ほつれた部分を罵って、さらに裏返すともう人はボロボロになっているから、それをまた嘲る。そうして罵倒の対象としては使い物にならなくなったそれを簡単に捨てて、別の対象を見つけてきては、俎上に乗っけて包丁を入れる。自分のことは棚に上げて。

僕は彼らと同じことはしたくないのだけれど、彼らの攻略法を考えると、どうしても同じ方法が浮かんでしまって、そもそも攻略しようとしている時点で同じ穴の狢なのだし、どうしようもなくなって、考えたくないのに考えてしまうから、別のことを考えるために三越の地下にいるのだろう。「ああ、醤油にもこんなに種類があるのか」と、刺身、だし、サラダ、牡蠣、減塩、燻製、昆布、柚子、かぼす、梅、と並ぶ棚を見ている。どんな味をつけても結論は同じ。

 

潰す側と潰される側なら、潰される側になりたい、とかで片付く問題ではない。潰されたくないし。

一生幸せになれないような気がしてしまう。 でも僕らは絶対にどこかで幸せになってしまう。幸せな瞬間が来てしまう。誰かを踏み付けて歩いたその先かもしれない。ずっとそうやって来たのに、何を今さら。

何を今さら、いい人ぶってるんだ、この文章は、僕は。

 

勝つしかないとしたら、本当にそれしか方法がないんだったら、勝とうとしないことは愚かなのだろうか。

 

ここでいくつも書き殴った問いかけには答えがある。なぜ問いかけを続けるか。自分が正解を出せないからだと思う。ずっと間違って、ブザー音が鳴り止まないまま。両隣でどんどん正しい奴が早押しして抜けていく。間違ったやつは馬鹿にされ続けてしまうんだって。島田紳助がそうしていたのを見て育った。

 

この文章を書き始めてから5時間くらいが経つ。怒りや悔しさはそのままの温度では持続しなかった。それも含めて悔しいと思った。トイレに入って鏡を見ると顔が真っ赤で、何を言っても解決しない気がした。ここまで約2200文字。燃えずに気化する。