俺は今、ブックオフにいる。
舞台はどこでもよかった。しかし、ブックオフが最適なのだ。あの空間と人々こそ、俺が求めているものだ。
先にブックオフがどういう場所か説明しなければならない。
ブックオフは、金の無い亡者達がびた一文も失いたくないながらも娯楽を得たいという醜き心を携えて向かい、顔に脂の浮いた同志とほとんど体を密着させながら漫画本を立ち読みする場所として知られている。
ブックオフに長時間滞在する人間はたいてい脳味噌がすっからかんなのだ。真っ当な人間であれば漫画や小説は書店にて正規の値段で購入するだろうし、万が一中古品を得たいと思っても、目当ての物を見つけたらすぐにレジに持って行くだろう。
しかし例の奴らはあの場をほとんど動かない。ブックオフに住民票を移したのではと推測される。奴らは本ではなく魂をブックオフに売っている。魂を売るならブックオフ。
そして奴らは足腰が強靭だ。長時間の立ち読みに慣れていることだけが理由ではない。集英社なり、小学館なり、お気に入りの漫画を見つけたら、その場所をしっかりと確保せねばならないからだ。
もし少しでも脇が甘いと、ベルセルクの8巻を横の男に奪われかねない。そうなってしまえば、7巻を読んだ後に途方に暮れるしか無くなるのだ。彼らは平静を装ってはいるが、次の巻を死守する為に激しく闘っている。だから多少のボディコンタクトではビクともしない。
そして暗黙のルールとして、声を出すことや、リアクションを取ることは禁止されている。奴らは常に真顔で漫画を読んでいる。たまに微笑を浮かべるものもいるが、識者から言わせれば言語道断である。ブックオフの住民は少しの隙を見せることも許されないのだ。
ギャグ漫画であろうとそのルールは適応される。それを知っているから猛者たちは敢えて常人が腹を抱えて笑う漫画を手に取り、顔の神経ひとつ動かさずに読破してみせる。真の猛者は集英社のゾーンにはいない。それだけは覚えておいてほしい。
前書きが長くなったが…舞台は整った。
今まったく微動だにしていない猛者たちの集うこのブックオフ仙台駅前店7階のフロアに、俺はB'zの「ultra soul」を流す。
どうしてそんなことをするのか?
「この狂った世界に、終止符を打つためさ」
誰かに訊ねられたら、俺はこう告げるだろう。
そうだ。このブックオフは狂っている。
娯楽が正しい形で消費されず、数々のドラマや死や笑いが、屍のように地に落ちている。作者が命を削ってまで描き出した表情や背景は、ものの数秒で過去のものとされてしまう。
僕は全てを終わらせる。ウルトラソウルで終わらせる。
「ultra soul...ultra soul...」
小声で4回、呪文のように呟かれる言葉は、これから起こることを全て察しているようだ。
間髪入れず松本氏のギターがフロアに鳴り響く。かの有名なサビのメロディをなぞるような、攻撃的なギターリフ。しかし、ブックオフの猛者たちは全く気付いていない。感情を無にして漫画を読み進めているから、店内に流れるBGMは全く耳に入っていないのだ。
どれだけがんばりゃいい 誰かのためなの?
分かっているのに 決意[おもい]は揺らぐ
稲葉氏が歌い出す。
もうお気付きだろうか。
全ての日本人は、ultra soulのサビの最後に「ハアアアアアアアイ!」と反応することを是とする教育を受けて育ってきた。
ある人は手を挙げ、ある人は足を踏み、確実にミュージックステーションで勢いよく花火が打ち上がるシーンを思い浮かべる。それが日本人だ。
今から猛者たちを、一気に倒す。そのために、ウルトラソウルが必要だ。
あまり知られていないが、B'zのultra soulはブックオフの猛者たちを批判するために作られた曲である。
Bメロでは、
結末ばかりに気を取られ この瞬間[とき]を楽しめない メマイ...
と、漫画の結末を知りたいがあまり猛スピードかつ無表情で読み進める猛者たちを皮肉っている。
さあ、サビに入る。ここまでわずか45秒。毒を以て毒を攻めるには、長すぎるイントロや繰り返しのAメロなど要らないのだ。
夢じゃないあれもこれも その手でドアを開けましょう
さあ、その時が来る。猛者たちもみな、ultra soulが店内に響き渡っていることに気付いている。来店から今まで、決して顔色を変えず、ページをめくる以外の動作を極力排除してきた。そんな彼らに訪れる葛藤。幼少より身体に刻み込まれたメロディが、両手を、両足を、そして全身を、激しく蝕んでいく。
祝福が欲しいのなら 悲しみを知り 独りで泣きましょう
来る!!!
そして輝く
ウルトラソウル
…
ブックオフ仙台駅前店は静寂に包まれたかに見えた。
しかし、俺は見逃さなかった。
数多くの猛者たちが、「ウルトラソウル」のあとに小さく、
ハアアアアアイ!
とポーズを取っていたことに。
ブックオフの秩序は、ゲリラ・ウルトラソウルによって脆くも崩れ去った。
俺はその隙にベルセルクの8巻を手に取り、レジへ向かった。