そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

屋上@okujoh に行った日のこと

 

 

大切にしたい日のことを、どうしても書きたくて、1ヶ月も経ってしまった。「屋上」という場所に行った日のこと。忘れられないあの日のこと。


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屋上に行く。ひとりで行く。そう決めたけれど、心はぎりぎりまで迷っていた。自分がどこにも居場所がないように思えた。仙台にも、東京にも。


逃げるように東京に来た。日々、仕事で打ちのめされて、苦しんで、涙を流して。自律神経が乱れ、動悸が止まらず、吐き気がする。そんな朝が毎日来て、なりたくない自分がどんどん出来上がる。毎日怯えた顔をして、言いたくないことを言っている。


もう自分という船の操舵室に立つ自信がなかった。ひたすら流されて座礁しそうな心の船。そもそも操舵室があるような立派なものではなくて、小波のたびにぐらぐら揺れてついには転覆する、ちいさなちいさな小舟。


誇張しすぎた比喩が、認知の歪みを適切に示している。ほんとうは海ではなくて流れるプールにいて、同じところをぐるぐると回っているだけ。ちゃんと浮き輪もある。他の人から見たら深刻じゃない。ところが自分の中だけで重大な問題で、どうしようもなくて、プールサイドに戻れない。足場と手摺りが見当たらない。溺れている。息ができない!


気付いたら東京行きのバスに乗っていた。昼行バスで7時間。距離を身体に覚えさせるように、ゆっくりと。遠くまで来たという実感が欲しかった。


そして実際に遠くまで来た。バスを降り、新宿から山手線に乗る。西日暮里。降りたことのない駅だった。


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西日暮里駅から15分ほど歩く。雨が強く降っていた。東京を歩いていると時々、永遠に続くかのような住宅街に迷い込むことがある。同じような街並み、入り組んだ道。「屋上」は突然現れた。


開店時間を迎える屋上の前に、ひとりの女性が立っている。お店のシャッターが少しだけ閉まっていたので、入ってもよいかどうか戸惑っているようだった。僕はその人に不審がられないように少し離れて、結果として不自然な位置に立ってしまう。


「ここですよね、屋上」


声をかけられたことに驚いてしまう。雨を凌ぐためだけの透明なビニール傘で、表情までは隠せない。間抜けな顔をしていたんだと思う。


あなたには僕が見えているのか。いや、見えているのは当然だけれど、もう僕が僕じゃなくなってしまっていたから、見えなくてもいいと思っている。どういう理屈か自分でもわからない。僕はどこにいるんだろう、ここ、西日暮里。


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青い天井とバーカウンター、木の温もりが感じられる空間、それでいてプリンターの上にノートPCが雑多に置かれているところを見て、来てよかった、と思った。いい場所。カウンターに立つ方が手際よく料理を作っている。山椒入りのポテトサラダ。おいしい。


つぎつぎと出てくる料理がすべて美味しくて、泣きそうになる。自分が生きていることを一番実感する瞬間は、美味しいご飯を食べた時だと思う。消化する。明日の僕の血になる。骨になる。明日も生きるのだから。


ひとりで来てよかったと思った。何者でもないただの人間として、ひとりひとりと向き合うことができるのが、こんなに幸せなことだとは。僕は僕の境遇や現状に必要以上に縛られていたのかもしれない。何者でもない自分でいる場所がほしかった。会社では、僕が僕に似た誰か、になってしまう。僕に似た誰かはいつも何かに怯えている。


僕は僕を、何者でもない僕を取り戻していくように、ぽつぽつと喋り始めた。僕を知らない人たちに、僕の話をする。話していて、いびつな人間だなあと思った。「新卒で入った会社を3ヶ月でやめる」「仙台から来てるからこのあと新幹線で帰る」「スマホケース気に入らなくて表面剥がした」など。


ちゃんと自分だった。いびつで、大したことなくて、普通になれない自分だった。


僕はずっと、社会人になったら僕は僕のままではいけない、と思っていた。変わらなきゃ、当たり前のことをできるようにならなきゃ、僕のいびつさはなるべく出さないようにしなきゃ、と思って、自分を殺して、まともに、ふつうに、ただしく、生きようとしていた。出来ないこと、普通じゃないこと、は限りなく隠そうとした。


どんどん僕じゃなくなるなにかの、心が壊れていくさまを、許せなくなるのに理由はなくて、ただただ歪んでいく認知とか、なかったことにしたくなる自分の本質とか、全部どうでもいいことにならないだろうか、ならないよね、抱えて生きていくしかないんだから。


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あの日から1ヶ月経った。相変わらず逡巡と後悔と秘匿と鬱屈にまみれた日々。ただ、屋上に行った出来事が灯台のように思われる。20時過ぎまで西日暮里にいても、日付がかわる前に仙台の自宅に着く。いつでもあの場所に行けるんだから、大丈夫、心を強く持とう。つらくなったら階段を駆け上がろう。


美味しいご飯を食べる。僕を包み隠さず話す。心から笑う。なんでこんな簡単なことを忘れてしまうんだろう。僕が見ている景色がすべてじゃない。世界はひとつじゃない。社会はいくらでもある。忘れてしまうから文章にして、壊れかけの舟をまた沖に出す。

 

 

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