そこが海ではないとして

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コーヒーと流星

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図書館から穂村弘の本を借りた。その中に、流星のような茶色い絵を見つける。その章の題名が「北斗七星の男」だったので、これはつまり挿絵なんだな、と思った。しかしよく確認してみると、流星はなんとコーヒーの染みによって描かれていた。これは誰が描いたのだろう?偶然?それとも意図的?

 

男はコーヒーをこぼした。よりによって、市立図書館から借りた本の上に。弁償?買い取り?一瞬のうちに様々なことが頭をよぎる。新品の本ならまだしも、長きに渡り様々な人々に読まれ尽くして、すっかりくたびれてしまった本を書棚に加えたくはない。どうするか。男は証拠隠滅を試みることにした。幸いにもコーヒーの量は少なく、何かで拭き取れるかもしれない。ティッシュを手にし、手先に精神を集中する。いざ!

男の思いとは裏腹に、茶色い液体はすっかり本へと染み込んでしまっていた。もうどうすることもできない。ここで男はあることを思いつく。一か八か、ティッシュを右上の方向へ滑らせる。願いを込めて手を離すと、燦然と輝く流星がそこに描かれていた。

 

しかし、コーヒーの染みを流星にできる男が穂村弘を読むのだろうか、と思う。コーヒーの染みを流星にできる素質を持った人間なら、ボウリングでストライクを出した時にも綺麗なガッツポーズができるだろうし、曇天の午後四時にちっとも恐れを抱かないだろう。穂村弘を読んで、少なくとも共感は覚えないだろう。

 

喫茶店で男女が会話をしている。
「ねえ、私、流星が見たいわ」
「じゃあ見に行こうか」
「え、どこへ?」
「ここにコーヒーがあるだろう?」
「コーヒー?」
「これをね、それっ」
男はコーヒーをペーパーナプキンの上に一滴垂らすと、右上の方向へと滑らせる。たちまち流星が現れた。
「すごいわ!とってもすてき!」
「これだけじゃないよ、ほら」
男はまたコーヒーを一滴垂らすと、繊細なタッチで茶色い染みを輪の形に変えてみせた。
「これは…?」
「指輪だよ。君にプレゼント」
「わ、私にぴったり…」
「結婚しよう。婚約指輪さ」
「ありがとう…うれしい…」

 

このように、コーヒー流星男は女をいとも簡単に自分のものにしてしまうだろう。ああ、僕もコーヒー流星男になりたい。試しにコーヒーを一滴だけナプキンの上に垂らし、さっと右上に滑らせる。生み出されたのは、紛れもなくただの汚いコーヒーの染みで、僕はコーヒー流星男にも、穂村弘にもなれないのだった。

 

 

 

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