そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

吉田くんの世界

 

「保存していない変更は消去されてしまいます」という警告文を見てハッとする。いったいどこまで保存したのだろう。何が変わったのだろう。いろいろと考えて、念のためもう一度保存しておこうと思ってまたハッとする。はたして上書きしてもよいのだろうか。大事なものが消えてしまわないだろうか。

今は途中経過をすべて保存してくれるような便利なシステムが増えたから、そういう場合は安心して保存を繰り返している。万が一保存ボタンを押し忘れたとしても、自動保存をしてくれている親切さがありがたい。

長い文章を書くことは根気がいる。最初のうちの気合とテーマで書き終えられることはまずない。書いているうちに色んなことを思い出し、あれを書いたり、これを書いたりしているうちに、本題から逸脱して、わけのわからない文章になっていることがある。途中で調べ物をしていて夢中になり、文章を書くことを放棄してしまうことも多い。完全に集中が途切れ、文章を放棄し、全く別のことを始めてしまうことだってある。

そして現在、僕のメモにはたくさんの書きかけの文章が残っている。消去すべきなのだろうけど、続きをまた書くかもしれない、と思って残してしまう。本当にあと少しで書き終わりそうなものもあれば、最初の一行すら書けずに謎のメッセージとして残されているものもある。

その中から、「町田くんの世界」とだけ書かれて放置されているものを見つける。町田くん、誰だ。町田くんなんて知り合いはいない。

保存されている途中経過から、「吉田くんの世界」から「町田くんの世界」に変わったことだけがわかった。吉田くんも知り合いにはいない。君たちはいったい誰なのか、そしてなぜ吉田くんではだめだったのか。かつての自分との対話を試みるが、全く手掛かりがつかめない。

僕によって生み出され、すぐに放棄された「町田くんの世界」のことを思う。どんな世界だったのだろう。町田くんとはどんな人間なんだろう。きっと物静かで、ミステリアスで、だけど強い芯を持った少年だったはずだ。女の子からはささやかに人気があって、とはいえ誰も迂闊には近付けないようなオーラがある。読書が好きで、いつも遠い国のことを考えていただろう。

そんなことを思い浮かべながら、ふとGoogleで「町田くんの世界」と検索してみた。すると、既刊6巻の少女漫画がヒットした。なんのことはない。かつての僕は、気になった漫画本をメモに残していただけなのである。さっき考えたミステリアスな少年・町田くんでは存在せず、本物の主人公である凛々しい顔の眼鏡男子・町田くんの画像がいくつも出て来た。

ただのメモ書きだったことに少し落胆し、勝手に積み上げた町田くんのイメージごと消去して、しかし、ふと思った。吉田くん、お前は本当にいったい誰なんだ?

 

 

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