そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

うれしくてさみしい

 

子供の頃に親に連れられて、何度か運転免許センターに来たことがあった。ひどく退屈だったのを覚えている。待ち時間と待ち時間の合間に待ち時間があって、要するに、永遠に待ち続ける時間だった。何か悪いことをして、もう2度と親が戻ってこないかもしれないと思ったら、わりとあっさり戻ってきて、嬉しいような腑に落ちないような気持ちになった。終わった後に必ず行く美味しいご飯のお店、みたいなものはなくて、でもたしか、温泉には行っていた気がする。火事で全焼しちゃった温泉。

自分の免許の更新に、ひとりで車を運転して向かう。不思議な心持ちだ。大人になったのだと思った。さみしくてうれしい。国道を南へ向かって進む。今日はひどく寒い朝だ。高校生の頃、マックでアルバイトをしていた時のことを思い出す。土日は朝6時から働いていた。朝5時に起きて、まだ夜の明けていない街を自転車で走った。あの時も冬で、ひどく寒かった。ひたすらマフィンを焼いて、卵を割って、オーダーを作りながら昼のための仕込みをした。ものすごく忙しかったと思う。15歳の僕は本当によくやっていた。エッグマフィンが食べたくなる。機械の故障でたびたび黒焦げになってしまうマフィン。通り道に2つのマクドナルドがあったけれど、急いでいたからコンビニでホットドッグとブリトーを買って食べた。レンジで温めたコンビニのホットドッグはなんであんなに美味しいのだろう。パンがふわふわで、ソーセージは噛むとパリッと音がする。しあわせの音だ、と思う。

免許センターは吹雪だった。いつかこの免許センターで初雪を見たような気がする。細かくて小さくて、夢の中の映像のような雪だった。初めて免許を取った時は父に連れて行ってもらった。出掛ける時はだいたい母や弟が一緒だったので、父と2人で出掛けたのはほとんど初めてのことであったのではないだろうか。少しだけ緊張した。あの時、父は何かを言ってくれた気がする。とても大切で特別なことを。その帰りに大好きなラーメン屋へ2人で行った。店の中に中学校の時の別のクラスの先生がいた。軽く挨拶をした。今会ったとしても、もう声をかけることはないような気がする。月日は嘘みたいに流れていて、記憶は不確かさを増しながら、残るものだけがどんどん濃くなっていく。

軽微な違反があるので、120分の違反者講習を受けた。自分が運転して母の実家に向かった時、後部座席に座っていた弟がシートベルトを締めていなかったことによる違反だ。車内でうるさく騒いでいた弟が、落ち込んですっかりおとなしくなってしまったのを覚えている。大したことないよ、って笑いながら、母と一緒になって後ろでしょぼくれていた弟に声をかけた。今さらだけど、本当に大したことなかったよ。初回の更新講習はどっちにしろ120分だし。弟は6歳下で、いつだってかわいい。いつまで経っても弟なんだろうなと思う。弟のことを深く尊敬している。とっても趣味が良くて、ひたすら面白くて、眼鏡を外すとかっこよくて、運動も勉強もできて、歌とラップがうまい弟。

講習が終わって、免許証が交付された。3年分の老いが刻まれた写真をちらりと見る。ああ、なんか歳取ったな。免許を取ってから色んなところに車を借りて出掛けた。山形や、福島や、茨城や、栃木。思ったよりどこにも行けていないから、もっと色んなところに行きたい。やがて父になり、母を知り、子を授かり、この免許証を携えて遠くへ行くのだろう。次の免許更新は2020年だ。僕は26歳になる。この国がちゃんと熱を帯びてくれるといいな。かつて見たきぼうよりも大きなものを見たい。弟は五輪が始まる2週間前に20歳になる。なんだか楽しそうで羨ましい。都庁に勤めている親戚からチケットもらって何の競技でもいいから観に行こうね、って母は何度も口にしている。本当にそうなるといいね。

帰りにラーメンを食べに行こうかと考えた。父と2人で行ったあのラーメン屋。でもやめた。なんだか早く家に帰りたくなった。車でひとり、ひたすら北へ向かう。家に帰ると父と弟がいた。母はいなかった。代わりに母からLINEが入っていた。「せっかく車だからラーメンでも食べてきなね」もう遅いよ。帰ってきちゃった。よくわかってるじゃん、なんか家族みたいだ。うれしい。うれしくてさみしい。父と弟はもう昼ご飯を食べていたから、ひとりでパスタを茹でて食べた。