そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

どこにだって行けるし、なんにもできない。

 

僕は22歳の現役大学生だ。性格と要領が悪く、愛想と成績が良くない、落ちこぼれの若者だ。

いよいよ社会に放り出される寸前になって、「どこにだって行けるし、なんにもできない」という考えが、ずっと頭を埋め尽くしている。

 

中学から高校にかけて、あまり頭は良くなかったし、勉強も好きではなかったけれど、他にすることがなかったので、とりあえず人より長い時間勉強していた。勉強した分、成績は上がった。高校受験では進学校と呼ばれる場所に合格した。

進学校の普通科。文系でも理系でも、私立でも国立でも、地方でも都心でも、とにかくどこにだって行ける環境だった。同級生のトップ層は東大に行った。

僕もそれなりに勉強した。経済的な負担をかけたくなかったので、塾や予備校には通わず、家から通える1番良い大学を目指した。そして、現役で地方の国立大学に合格した。

勉強さえしていれば、自分の道を切り開いていけた。いや、切り開いたというより、あらゆる可能性を潰さないように生きてきたように思う。

この大学であれば、ある程度の評価があるために中央の大手企業に就職することも可能だ。地元の優良企業に入るのもありだし、公務員にもなれる。もちろん、大学院に進学することもできる。どこにだって行ける環境をずっと守り続けてきた。

経済学部に入ったのも、「就職に1番有利だから」という理由からだ。文学部や法学部では、その後の職種が限られてしまう、という話を高校時代に色んな人から聞いた。僕は僕の道をずっと狭めたくなかった。

正直言って、入る前から経済学に関しては全く興味がなかった。統計にもビジネスにも金融にも産業にも、ほとんど関心が持てなかった。しかし、大学に入ればなんとかなるだろうと思っていた。大学に入ってしまえばこっちのものだ。無限の可能性が待っていると、そう思っていた。

 

大学に入った僕を待っていたのは、どこまでも退屈な講義だった。

1年生のうちは「一般教養科目」といって、文学部や数学科など、自分の所属する学部や学科以外の講義が受けられたので楽しかった。芸術論を学んだり、高校ではやらないような数学を学べるのが嬉しかった。対して、経済学部の講義は全く興味が持てなかったけれど、「経営学入門」など、基礎の基礎を教えてくれるだけの講義だったので、単位は普通に取れた。

一般教養科目を2年の前期で全て取り終わって、残すは経済学部の講義だけになったところで壁にぶち当たった。何も面白くない。何も学びたくない。というかよく分からない。朝は起きたくない。

大教室で行われる講義は、教授が抑揚のないリズムでずっと話しているだけで、何が重要でどうノートを取ったらいいか見当がつかなかった。それでも試験のために、どうにか勉強した。

どうにか勉強を頑張った講義で、僕は単位を落とした。

他の学生はみんな単位を取った。過去問を手に入れて、それを仲間内で回し、効率良く勉強したようだった。僕は学部に友人がいなかった。過去問があるということも知らなかった。

今思えば、ここでもう心が折れたのかもしれない。大学3年になって、グループがしっかり固まっている中で友人を作ろうと努力をする気にもならなかった。

 

一方で、大学の外、いわゆる課外活動には積極的だった。学生団体に入り、そこでの活動に熱中した。アルバイトも週5くらいのペースで入っていた。

特に学生団体では、かけがえのない仲間や社会人にたくさん出会えた。大きな団体じゃなかったけれど、ここが自分の居場所だ、ここが最高の団体だ、と本気で思っていた。

自分の活動が何回か新聞やネットニュースになって、それが本当に嬉しかった。色んな人と出会い、自分のやっていることを認めてくれるのが嬉しかった。ずっとずっと楽しいことをしていたいと思った。

 

僕は頭が良くない。受験生時代の僕を支えたのは勉強の量だった。他にすることがないから、勉強して、勉強して、なんとか良い点を取れた。大学に入り、学生団体の活動やアルバイトによって勉強の量を確保出来なかったことは、僕にとって致命傷だった。わからないものがずっとわからないまま、単位を落とし続けた。

言い訳ならたくさん浮かぶけれど、そんなの全員の当たり前なのだ。みんな部活やバイトや飲み会やデートの合間でなんとか勉強して、結果を残している。それが当然だ。

僕は、要領が悪いから、人よりも多い時間をかけて、ゆっくり理解していくしかなかった。この「要領が悪い」というのも言い訳であると分かっている。みんなの言っていることがあまり理解できなくても、調べて、考えて、飲み込んで自分のものにするしかない。頑張るしかない。追いつくしかない。

「〜しかない」という強迫観念に似たものが僕をどんどん追い込んでいった。自分の処理能力を超過した。人と連絡を取るのが怖くなった。僕は人の言葉をすぐに理解できない。人の真意を捉えられない。そんな自分を認めてくれる人がどれくらいいるだろう。少なくとも、大学にはほとんどいない気がした。

大学から逃げても、「自分の能力の無さ」は現実として逃れられないものになっていった。アルバイトで何度も失敗を繰り返し、学生団体でもうまくいかないことが増えた。自分の無能ぶりが見透かされるたび、そこにいる人たちに見下され、居場所がどんどん無くなっていくように思えた。

 

大学3年の後半から、就職活動の時期になった。就職活動の場で、僕は自分を徹底的に偽った。書面だけならば、学歴のある有望な学生を偽ることができる。学生団体での活動やアルバイトでの経験も、しっかりと内容を精査し、失敗談を交えて相手に伝わるように話せば、有効なアピールポイントになった。

そして、面接が解禁される2ヶ月前、4月に内定を貰った。

最初は嬉しかった。徹底的に偽れば、僕はまだまだ優秀な人材のようだった。面接官からも、勿体無いくらいに良い評価を頂いた。

だから、といったら失礼な話だけれど、とにかく怖くなった。本当の自分は、そうじゃない。協調性がなくて、性格が悪く、気分屋で、非効率で、要領が悪く、粗雑で、根性無しで、頑固で、意地悪で、スキルもなく、とにかく、仕事で成功する要素が1つもないと思った。こんなに良くしてくれた人たちを裏切ることになってしまうと思った。

 

自分に悪い部分があるなら改善すればいい。時間をかけて、努力をすれば、少しずつ自分は変えられる。しかし、気付いた時には遅かった。もう時間の猶予がない。自分を変えられない。途中で失敗をするたびに、1からやり直しになってしまう気がした。自分はずっと変わらないと思ってしまった。

これも言い訳だ。みんな自分の欠点を見つめ、少しずつ成長している。僕が出来なかったことを、みんなは当たり前にやっている。だからこそ辛かった。誰かにとっての当たり前ができない。当たり前に友達を作って、当たり前に大学に行って、当たり前に飲み歩いて、当たり前に楽しく生きている。

僕は人と連絡を取ることが苦手だ。人付き合いが良くない。うまく笑えない。すぐ考え込んでしまう。みんなの当たり前についていけない。自分は何にも出来ない。無能だ。クズだ。どんどん息苦しくなっていく日々に耐えられない。きっとこれからも、当たり前を当たり前に出来ないまま苦しむことになる。

 

僕はきっと、どこにだって行けるだろう。今から頑張って勉強して就職活動をすれば、ある程度の企業には入れる。思い切って何か新しいことをはじめて、人とは違う生き方をするのも良いだろう。慣れ親しんだ地元で就職して暮らすのもいい。どこにだって行けるように、今まで勉強をしてきたのだから。

けれど、どこに行っても、きっとなんにもできない気がする。人付き合いが悪く、コミュニケーション能力に欠け、仕事の能率も悪く、ミスを連発してしまう自分は、世界を変えることはおろか、普通の幸せを掴むこともできないだろう。何を成し遂げることもない。生きている価値はあるのだろうか。

 

全部が自業自得だと分かっている。時間をかけて、当たり前が出来るように努力するしかないと分かっている。社会不適合者から抜け出さなければならないと分かっている。分かっている。出来ない、と言い訳をせず、出来るまで努力するしかない。だからずっとずっと苦しい。どこに行ったって、どう生きたって、僕が僕である限り苦しい日々は続くのだ。なんにもできない日々は続くのだ。

 

 

Copyright © 2017 そこが海ではないとして All rights reserved.