そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

工藤玲音『わたしを空腹にしないほうがいい』

スピカという俳句ウェブマガジンの中に、「つくる」という作品連載のページがある。

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スピカ ┃ 俳句ウェブマガジン

月替わりで、毎月一人の作家が、毎日一句の俳句を発表するというコンセプトのものだ。もちろん俳句も素晴らしいのだけれど、作品にまつわるサイドストーリーが添えられていて、俳句を作る人間は文章を書いてもすばらしいな、と日々嬉しくなってつい頷きながら読んでいる。

 

今年6月に工藤玲音さんという方が連載をした。

タイトルが秀逸だ。『わたしを空腹にしないほうがいい』

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もうその文字列だけで最高の連載であると確信したし、おそらく手作りであろう料理の写真と共に綴られる文章がまた素晴しかった。大胆な引用を許して頂きたいところ。

 

わたしを空腹にしないほうがいい。今年で22歳になるというのにお腹がすくとあからさまにむっとして怒り出したり、突然悲しくなってめそめそしたりしてしまう。子どもじゃないんだから、と自分に呆れるけれど、これはもうどうしようもない。昼食に訪れたお店が混んでいると友人が「まずい、鬼が来るぞ」とわたしの顔色を窺ってはらはらするので、鬼じゃない!と叱る。ほら、もうこうしてすでに怒っている。 

工藤玲音 「わたしを空腹にしないほうがいい」 | スピカ - Part 30

 

吉本ばななの『キッチン』を読んだ中学生の頃から僕の台所信仰も始まって(きっと未読のひとには伝わらない感情だ)、料理をするという行為は非常に尊く神聖なものだと思い続けている。

 

フレンチトーストはホテルオークラがインターネットで公開しているレシピ通り作ると、信じられないほどしゅわしゅわでやわやわになる。おお、おまえこそがほんとうのフレンチトースト。はじめまして、わたくしはしがない学生。ナイフで切れ込みをいれるとふすふすと心地よく、天使が眠るのはこういう甘くやわらかなマットレスなのだろうと思う。何が言いたいか。フレンチトーストはきちんとつくると丸一日時間が必要な代わりに昇天するほどおいしい。

工藤玲音 「わたしを空腹にしないほうがいい」 | スピカ - Part 26

 

食材とか、分量とか、時間とか、温度とか、それらをお手本通りに、丁寧につくるもよし。目分量で、感性によって、レシピ本にもクックパッドにもない今日この時この場所にしかない味をつくるもよし。最高の料理はすべての過ちを許してくれるような包容力があるし、味よりもその工程の美しさに心を打たれるものだと信じている。僕は料理、できませんが。

 

短歌や俳句をつくる人に憧れている。料理ができるひとと同じくらいに。何もないところから物語を生み出しそして結んでいくわずか17音(もしくは31音)の世界の中にはきっと、はいり切らなかった表現や言葉がたくさんあるはずなのに、全く不足を感じさせないからすごい。その言葉しかありえなかったんだと思わせるくらいの顔をしてみせるからすごい。

 

せっかくだから好きな作品をやはり大胆に引用してみる。

将来は強い恐竜になりたいそしてかわいい化石になりたい

工藤玲音 「ひかりのような麦茶」

 

うしなった人をうしないきれなくて日々浴室のやさしい滝行

工藤玲音「透明と骨」

 

θって錠剤に似ていませんかきっと睡眠導入用の

工藤玲音「すもも齧る」

 

杏露酒と発声すれば美しい鳥呼ぶみたい おいでシンルチュ

工藤玲音「ひかりに満ちる生米」

 

もう全部引用してしまいたいくらいだし、自分の言葉はいらないぞと思える。

僕の感じる、彼女の一番の魅力は「全てを蹴散らせるほどの眩しさ」だと考えている。本物の眩しさとは明るいだけではなく、感情の種類というか、表情の多さのことを指すのだと思っているのだけれど、それにぴったり当て嵌まる。

良い意味で文芸の人っぽくないなと思うけれど、彼女の詠む作品は間違いなく彼女から発せられたものだなと納得する。存在そのものを肯定できる。もし同じ土俵で戦っていたら、ものすごい劣等感とか嫉妬心を彼女に抱いたのかもしれないなと思ったが、彼女は意に介せず突き進むのだろうと思うし、めちゃくちゃに人が良さそうなので、そのうち敵対心を持っていたのが馬鹿らしく思えるだろう。

 

コロッケをどんどんキッチンペーパーの上にのせながら、ハムスターみたいだな、と思う。わたしは焼きたてのスコーンや並べられたおいなりさんや揚げたてのコロッケを見ると、ハムスターみたいだな、と思うのだけれど、いちど友人にそう言ってばかにされてからは黙っている。愛着がわいてしまうのだ。

工藤玲音 「わたしを空腹にしないほうがいい」 | スピカ - Part 8

 

彼女は僕と同い年であり、実は僕の友人の友人だったということを今更ながら知って驚いた。(ただの有名人だと思って調べていたから感じなかったが、知らない同級生をここまで調べるのはどう見てもネトストだ)

そして盛岡出身だと知って「また盛岡か…」と思った。盛岡の人間ってなんでこんなに魅力的なんでしょうね。建造物も歴史も街の雰囲気も人も全部好きだ。10月、11月と2か月連続で行ったら、盛岡出身の友人に「私より帰ってるな」と言われた。12月も行きたいと思ってますよ僕は。最近は自分が盛岡生まれであると錯覚するようになったし。

 

連載は全30ページあるので、読むことを強くおすすめする。案外さらりと読めるし、さらりと読んだ後にじっくり読みたくなる。

それにしてもつかみどころのない人だ。こういう眩しい人がわりと近くにいたりするから人生は面白いし、僕もなけなしの眩しさでどうにか届きたい。

 

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