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そこが海ではないとして

This is the meaning of my life.

ご本人登場

 

「いやいやいや、誰なんですかあなたは」
「ご本人です。あなたの、ご本人」

 

僕の「ご本人」を名乗る何者かが現れたのは、部屋でサイダーを飲んでいる時だった。男はあまりにも堂々と僕の部屋に入ってきて、半分だけ残っていたサイダーを勢いよく飲み干した。

 

「それ僕のサイダーなんですけど」
「そう、あなたのサイダーであるということはすなわち、私のサイダーであるということなのです。私はあなたのご本人なのですから」
「いやすみませんちょっと仰っている意味が…」
「おや、もっと喜んで頂けると思ったのですが。モノマネ番組のご本人登場といえば、皆さん飛び上がって喜ぶシーンですよ」
「それはモノマネ番組だからです。今この現実では不法侵入としか思えません」
「不法侵入だなんてとんでもない。私はあなたのご本人なので、ここはつまり私の部屋です。そしてあなたは私のモノマネをするにあたり許可を取っていませんよね。今時どんなモノマネタレントも本人からの公認を貰って活動するものですよ」
「僕はずっとあなたのモノマネをしていたと、そう言いたいんですか」
「まあ、そういうことです」

何を言っているんだこの男は。
確かに背格好は僕に似ている。男はグレーのパーカーに黒のジーンズという服装で、黒縁の眼鏡をかけている。身長は175cmくらいだろうか。僕より高い。一重の自分とは違い、目は二重でくっきりとしていて、鼻も潰れてはいない。顔がそれなりで背もわりと高いので、同じような服を着ているのに、相手の方が格好良く見える。

「上位互換だな、と思ったでしょう」
「その言い方やめてください」

しかし、僕は僕として、今まで22年間生きてきたのである。厳格な父と柔和な母、そして3歳下の妹がおり、親友がいて、免許証に保険証だってある。この人生が誰かの「モノマネ」であるということなど、にわかにも信じられる話ではない。

「何か証拠はあるんですか」僕は尋ねた。
「私の方が歌が上手いです。それでは聞いてください、」
「歌わなくていいです。というか、歌が上手いことがどうして証拠になるんですか」
「基本的にご本人のほうが歌が上手いものですからね」
「だからそれはモノマネ番組の中での話ですって」
「それからダンスもあなたより上手いです」
「はあ」
「きっとスポーツも、芸術も、ゲームも、勉強も、きっとあなたより出来るはずです。私はあなたのご本人なのですから」

目の前の男が続けて言う。

「ところで証拠など出す必要があるのでしょうか。こういうのは後ろから出てきた瞬間にああ本人だなと納得するものですよ」
「全然納得していません。一体誰なんですかあなたは」
「だから、ご本人です」
「もういいです。警察呼びますね」
「それでは逆に、あなたがあなた本人であるという証拠はございますか」

 

僕は僕自身が本物かどうかを疑ったことなど一度も無かっただろう。

ただその一方で、僕が僕で無ければ、と思ったことは、何度かある。
人当たりがあまり良くないので、敵を作ってしまうことが多かった。頑固で自分の意見を曲げないから、無神経にたくさんの人を傷付けてきた。運動もあまり得意ではなくて、部活では肝心なところでミスをして負けてきた。背も低く、顔もかっこよくないから、女の子にもモテなかった。笑われてばかり、転んでばかりの人生だ。

もしあなたが僕のご本人だったとしたら、もっと良い人生が送れただろうな。
僕はふとこんなことを考えてしまっていた。

「残念ですが証拠もないようですので、あなたは偽物だったということで、お引き取り願えますか」
目の前の男は、さも無念だった、というように同情の色を浮かべながら、僕を部屋の外に出るよう促す。

 

証拠、か。

はっきりとしたものはどこにも無いような気がした。偽物だったといえば、それまでなのかもしれない。元々出来損ないのような自分だ。

けれどもぼんやりと、うまくいかなかったことを思い浮かべることができる。そしてそれらひとつひとつは非常に曖昧なものであるけれど、点と点をこじつけるかのように結んでいくと、なんとなく自分の姿が見えてくる。

小学生のときにサッカーをしていて、転んで擦りむいた時の傷の痕がまだ膝に残っている。中学のとき好きだった女の子に告白しようとして、渡せないままになった手紙が部屋の机の引き出しの中にまだ捨てられずにある。昨日お酒を飲んだから、少しだけ頭が痛い。

過去から今に至るまで全部自分だった。思い出が数え切れないくらいあって、それにまつわる物や景色が、なくなったり残ったりしながら今日まで生きている。望んでいなかったことも含めて、全部が自分に特有なものだ。

何を真似たらこうなると言うのだろう。辻褄の合わない出来事ばかりを積み上げて、いびつに生きてきた僕がここにいる。

それら全てを証拠として目の前の男にぶつけたい。

「やっぱり、僕は僕だと思います。あなたを真似ようと思ったことは何度もありますが、僕はずっと僕の本人です」
「本当に良いんですか。人生が変わるチャンスですよ」

 

「だってあなたは僕の理想ですから。現実の僕は、ここにいます」

舞台袖でスタンバイしている「ご本人」を、いつか僕は打ち負かしてやろうと決めた。コップの中のサイダーを飲み干して、少しだけ噎せた。

 

 

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